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題名:『強敵と私』



おはようございますしりうすです。

先日Twitterにて、まぁ正確には質問箱なんですけど

『TwitterのフォロワーさんとかとLINEとかできる?』

ってゆー質問を頂いたんですけど、

私はそーゆーの全然考えられる人なので、『普通にアリです』って答えておきました。


まぁ知らない人からいきなりDM(=ダイレクトメッセージ、世にいう”メール”みたいな物。)が来たり、絡みもなしに「携帯でやりとりしよー」とか言われたって怖いのでさすがに無理ですけど、

ある程度知った人だったり、Twitterとかでやり取りして「あぁ、この人はなんとなく仲良くなれる」って感じた人だったら、
Twitter→LINEに交流ツールが変わるだけなので全然平気な人です。


まぁSNS時代として十数年前に比べたらその辺の敷居も今は大分低くなったと思いますけど、

警戒心を持ってて損はないですからね。 「警戒すべき事」を警戒しないで軽はずみに考えて何か事件に巻き込まれたり、そーゆー行為によって自分で自分を苦しめる目に遭ったり、

自業自得っちゃ自業自得だけど、一番悪いのは人をそういう目に遭わせる奴の事ですからね。


インターネットとか今日のSNSサービスの普及が良い物をもたらしてるとは思うけど、反面目に見えない範囲で気を付けなきゃいけない物も増えてると思うので、それが良くない結果をもたらす事だけは避けたいと思います。


話は逸れたけど、要はSNSとかの普及によって 『普通に生きてたなら交流するはずはなかったであろう人と交流する事はイイ事である』 と思うので、 悪い人とかは別だけど自分が望んで築ける関係性の中で好きな人間と仲良くなっていく、のは素晴らしい事である。って思うので

趣味でやっていた事がSNSを起点として友達→友達とかって交流が広がっていく、っていう話もいつも髪を切りに行くお店の店長さんからよく聞きますしね。


人の考え方にもよるけれど、私は「好きな人間と仲良くなる分には損はない」って思う、ただそれだけの頭で理由を述べてます。


一個具体例を挙げておくと、十数年前に知り合った子と今でも私は連絡を取ってます。

若い頃写真を交換した事はあるけど、一回も遭った事ないし声も聴いてないけど 当時学生の悩みとか恋の話とか色々聞いてあげたけど

今では結婚してついこの間「子供が無事産まれた」と写真付きでLINEまでくれました。


「人はこう在るべき」とか「世の中はこう在るべき」みたいなのはあると思うけど、そんなん俺は知ったこっちゃありません。人が決めた「当たり前」なんて知らねぇよ


大事なのは自分の中に曲げたくないものがあるかどうか、その曲げたくないものをいかに曲げないまま貫けるかどうか、


交流する人間の数が多いとか少ないとか、著名人と知り合いだとかどうか

そんなもんどうだっていい。 大事なのは「どんな人間とツルんで」「誰とどんな関係で在れるか」


一人でも心を許せる人間がいたならそれは当たり前に幸せな事だと思うし、100人と仲良くあれたならそれは誰にも代えられない素敵な事だと思います。


『何がイイか自分が決める事が一番大事』 そう思います。


まぁそんな話をTwitterかブログに書こう、って考えてる時、ふと『私の強敵(とも)はなぜ私にとって”強敵”と呼ぶ存在になったんだろう』って思って、


「死ぬまで変わらない”好きなモノ”が多分同じだからだな」 て結論を今んとこ自分の中では出してます(笑)


なんだろうね、”マンガが好き”とか”DQ5ではビアンカ以外考えられない”とか、”ジブリが好き”とか”ゲームが好き”とか


なんでもいいんだけど、「そんな事かよくだらねー(笑)」って人からすれば言われるような事程多分私にとっては”芯”の部分で、それが強敵と私は似通った所があるんだと思います。


青春マンガよろしく「男と言えば殴り合いのケンカだよな」みたいなケンカもした事ないっていうか口喧嘩もおそらくした事ないし、
付き合いのある交友関係・好みの女性のタイプ・休みの過ごし方・好みの食べ物・運動、


それっぽい理由を探そうとすればする程私と強敵は似通った所がない気がするけれど、それでも私は「強敵(とも)」と呼べるのはあいつだけって思ってます。


まぁ真面目に書けば親友ですね。 私にとっては真面目に書くから「強敵」なんですけども(笑)


私個人の話を書いた所で「だから何だ」って言われたらそれまでなんですけれど、要は『そーゆー人間関係の在り方もある』って話をしたかったんです。


世に言う『親友』のイメージって色々あると思うけれど、「よくわかんないけど親友(とも)」
私と強敵のような親友の関係性もある、て事を忘れない内に書いておきたくて(笑)


まぁそれで後は彼女が出来てプライベートの充実も図れば文句を言う事はなくなる訳ですけどね。
あっちは奥さんがいて子供もいるけど、齢33にして私は結婚どころか彼女もまだいない。

まぁそれを気にしたって世の中に対して引け目を感じてる訳じゃないし、それが事実として焦りみたいなものは感じないけど「さすがにしんどい。」って思う時もあるのはあるし、(笑)


こればっかりは巡り合わせというか「縁」のようなものがあると思うし、気にし過ぎて深く考えるとかえって体にとって毒となるので


そこら辺は深く考えないようにして、とりあえず私は私に出来る事を少しずつコツコツと。
楽しめる事を楽しみながら糧にして、頑張っていきたいと思っています(‐ω‐)


それではまた(‐ω‐)/

命を感じた時。(65号)



おはようございますしりうすです


つい先日、夜中23時頃 姉から電話がかかってきて

『母が救急車で運ばれた』 と。

結論を書けば、『尿管結石』で起き上がるのも辛いような痛みと、急激な吐き気に襲われ3回も吐いたとの事。


夜中に「母が3回も吐いて救急車で運ばれた」なんて聞いたからそりゃ焦る訳ですが、

なんですかねー。自分の母がそうなってみて、初めて「自分の母にも死」を感じる、実感が湧いてきた訳ですね。


都合のいい話です、”自分はそうならないだろう”・”自分の身近な人間はすぐ怖い目に遭う事はないだろう”


いつそうなってもおかしくない事態が訪れた時、そうなって初めて自分に実感が湧く。


「自分の母の命が危ないかもしれない」そう感じた時、焦りともなんとも言えない感情が自分の中に沸く、そんな実感をする事になるとは思ってませんでした。


父も2回倒れてるんですけどね。 酒の飲み過ぎで(笑)


高血圧やら運動不足やら、父は倒れる要素が多いし自分で作ってるので しかも父が倒れた時その場にいなかったし母も後から連絡入れたので

「えっ( ゚Д゚)!?」 みたいな。 せめて倒れた時に教えてくれよ、と思って。


まぁそんなこんなで父も母も60代を過ぎ、年齢だけで考えるなら「命の危険」がある病気に突然罹るようなことがあっても不思議ではない現状なんですけど


本当都合のいいもんだなー自分と思って。

母が救急車で運ばれて、病院の廊下で医師の診断結果を待ってる時に初めて「そう」実感が湧いてくるなんて。


30代になるまでろくな恩返しも出来てないなーとか考えたりして、今までかけた迷惑のわりに恩を返す事も孝行する事も出来てない、


そんな都合のいい自分を尻目に逝っちまったらどうすっかなー、とか考えたりして。


考えても医者じゃない自分は何も出来ないし、素人がいらぬ知識で携帯であれこれ調べたって余計な恐怖を増やすだけなので

ただ待つだけしか出来んかった。  


私の母は結果何もなく済みそうなので、不幸中の幸いで良かったと今は一安心してるんですが、


先に運ばれてた方が亡くなったようなんですね。 母より先に運ばれてた方


親族の方と見られる方達が廊下にいて、その中に一人中学生か高校生ぐらいと見られる若い女の子が。


その女の子が、深夜の病院の廊下で声を殺すようにして泣いている。


京都アニメーションでの放火殺人事件とか 欧米での銃乱射だとかやまゆり園での殺人事件だとか、


『恨みがあった』とか『気に喰わなかった』とか『誰でもよかった』とか、


ふざけた理由で人を殺す奴らって何考えてるんだ。


ふざけた事をして、ふざけた理由で許されない事をして それでそいつは生き残って自殺して、


人に自分の一方的な都合を押し付ける、事をなぜ平気だと思えるんだ?  理不尽な殺人、一方的な暴力。


そいつらは自分がやられても「感じない」と思えるから平気でそういう事をやれるような奴らなんだろうけど、

人の命はそんなに軽いものではない。


大事にしてる物を一方的に踏みにじられたらどう思うんだ? それで平気な奴なんていやしない、誰だって自分にとって大切だと思える物を他人に粗末にされたら気分の悪いものだと思う。


この広い星の下に何十億といる人間の中に、一人の少女が一人の命に涙を流している。


自分の母が危険な状況にあるかもしれない、という危機感がそうさせたのかもしれないが、一人の命を偲ぶその少女の涙はとても悲しく尊い物だったと思う。


解決策を模索する事に限りがあると言うならそれをし続けろというのも酷な事だとは思う、 だけど


人の命を奪うだとか一方的に暴力を加えるだとか、 何の得にもならない事をして誰かの心が救われるなんて、どうかそんな間違った行為は自分を含めてしないで欲しいって思う。


自分の大切なものがなくなるかもしれないって時、それに不安になったり心配をしたり  それすらないまま人の命が奪われるっていうのは余りにもひどい。


命を重く考える事が出来なくても、自分を大切に出来なくても

人が大事にしている物はわかるだろう。 だからそれを、「自分は関係ない」と軽んじる事はどうかしないで欲しい。


自分が同じ立場になった時わかるから。



日頃ニュースで目にするような非日常がどれだけ自分の身近にあるのかはわかりませんが、

少なくとも私は私にとって大切だと思える人間だけでも。


”その時自分が出来る事”をしたいと思います。

それではまた

己の内との闘い(64号)



おはようございますしりうすです

10km、走ってきました。


120536.jpg



去年より順位も落ちてるしタイムも落ちてるけど

『10km歩かずに走り切る』っていう目標は達したし体力的に大分余裕もあったので


前回より向上は望めたと思います。 記録は落ちてるけど自分の中では満足です


『残り2km』ってなってからちょっとペース上げたんだけど、もう1kmぐらいペース上げても行けそうだったし

自分でもあんなに去年に比べて余裕が残ってるなんて思わなかったのでびっくりです。


”どうすれば走れるようになるのか”とか”どうすればよりよくできるのか”とか


考えた結果、自分で”そう”してそれが結果に繋がった時の喜びは 他に困難を乗り越えた時のそれと一部の違いもありません。


足は棒みたいだけど、体力的に10km走り切ってまだ若干の余力があるのは喜ばしかったです。



一つ気に喰わなかったのは、参加した10kmのコースで残りわずかってところ走ってる時だったんですけど、


参加者か見に来てた人かそれはちょっとわからないけれど、『もう57分だぞここでぇ!』とか私を含め走ってる人に向かってなんかクソムカついた事ほざいてきたおっちゃんが居たんですよね


「だから何?おめーにそんな事言われる筋合いあんの?」 みたいな。


金もらってるマラソン選手で、おめーがその監督とかなら分かるけど どこの誰かもわからない人同士で
それぞれ皆事情があって走ってる。 で、制限時間あんのかないのか知らねーけど 30数分とかでも走り切る人がいる中
「時間がかかってもまだゴール出来てない」人がいるって事はそれだけその人はしんどい状況で走ってんだよ。


それを『急げオラ―』とか『まだこんなとこ走ってんのか!』みたいなニュアンスの事言われると俺の後ろで一生懸命走ってる人どうなの?


必死こいて一時間近く走って来て、やっともう少しで10km終わるってとこにわけのわかんねーおっちゃんにバカにされるような事言われると

そばで一生懸命走ってる人を見て来たこっちとしてはものすごく気分悪いし、言葉が聞き取れなくて一瞬止まったけど

後から思い起こしたら「はぁ?」てなって。  タイムにすればほんの1秒か2秒の出来事だったんだけど、そのおじさんが「今言ったセリフ」に気付いてから『はぁ!?』て言いそうになりました(笑)


多分マラソンするような恰好してたから参加者だと思うんですけど、3km走ったのか5km走ったのか10km走ったのか知んねーけど


おまえがどれだけ早く走れよーがどれだけ凄く走れよーが目の肥えたギャラリーだろうが知んねぇけど


『今 一生懸命頑張ってる人』 をバカにすんなよ。



おまえがバカにされたらイヤじゃねーのかよ。

マークスマンライフルで撃ち抜くぞじじいって思いました。


※「 まーくすまんらいふる?」→→参照:https://youtu.be/qKNlnAr39Kg



まぁマークスマンライフルで頭撃ち抜かれるジジイとかは関係ないんだけど、サッカーとかバスケットの応援とかで「サポーター」っているじゃないですか。


たまにTVで見るんだけど、応援してるチームの成績とか試合の内容が悪いと「boo」ってブーイングするのなんだろねアレ?


いや、応援してるんじゃないの(笑)?  的な。



自分達の意に沿わないってだけでそれを『怒り』という形に表して選手にぶつけようとするけど、

そもそも選手は自分達の生活の為に『職業』としてスポーツ選手をやってるプロであるだろうし、応援してくれるサポーターが力になってるのは事実だろうけど

「あなた達の為にやってる訳じゃないだろ」って思うから「否定」するのは違うと思う。

そもそも応援する立場で否定するってどんだけ一丁前のエゴなの?って思うけど(笑)


まぁー、

私はスポーツ観戦とか興味ないからサポーターになろうとも思わないし、日本のサッカーとかTVでやってても『自分の身内でもない人をなんで応援できんの?』って思う人だけど


そこはそもそも『その競技が好きor嫌い』とかでも分かれるとこだと思うから人によって差が出るってだけの要素だと思うけど


ただ、否定できる立場でも資格もないのに 自分に気に喰わない要素があるってだけで人を簡単に否定するやつの正直気が知れない。


そんな奴ばかり職場にいるから俺はホントにあんな職場で働いてる事が恥ずかしくなる。


好き/嫌い じゃなく 正しい/正しくない で物事を見ろよ。若い子も多いから目先の楽しい事ばかりに気が向くのはわかるけど、
やらなきゃいけない事をちゃんとやれよ。


やりたい/やりたくない じゃなくやらなきゃいけない事をやるのが仕事なんだから、社会人になったら年齢・性別関係ねーんだよ、やらなきゃいけない事キチンとやらなきゃ周りの人に迷惑かかんだから、まず自分の仕事をきちんとこなせるようになれよ。他人の仕事を否定するんじゃなく。


って、ほんと最近そう思う。 誇りの持てる仕事場でもなく、尊敬できる職場仲間もいない。


食ってくためだ、頑張らにゃ て思うけど 最近ホント発狂しそうな位ストレス溜まってて


ブラッドボーンのおばあさんに「鎮静剤」もらいたい位です。




ちなみに「龍泉洞」

201906201.jpg



「ドラゴンブルーの水が神秘に誘います」的な事書いてた気がするけど、


怖ぇよ。 子供の頃親に連れられて一回だけ来た記憶はあるけど、改めて大人になった今龍泉洞を訪れて感じた事は

『怖い』 ただその一つでした。


あ、コウモリ追っかけてた時はメッチャ楽しかったけどね。


ぐっ、くそっ! なかなか写真に納まんねーな!
とか言って20分ぐらいずっと上見上げたまんま携帯構えてウロウロしてました。


おかげで首痛かったです。 出て来た時の感想は『首痛い/まぶしい』でしたからね。


コウモリは写真に収められなかったですけど、


高い所が苦手なんですよねー、私。 高い所にいるような仕事をしてた時もあるんだけれど。


なにより水がコワイ。「無理!」って思いました、子供の頃プールで遊ぶのとかは好きだったんだけど


大人になって今認識するのは『海』がコワイって思います。 なんていうんだろうね、「海を見ると心が晴れる」とか「悩んでたものがすっ飛んでく」みたいに言う人いるけど


私は魂が飛んでいく気がする。「ヒィ(°Д°)」みたいな感じで心臓の辺りがスッ てなる感じがするし、
あの底の知れない広さ、波が常に形なく漂うあの雰囲気、


『恐怖』
龍泉洞に行く途中車を走らせてて、高い所から海を見た瞬間今まで疑問に思ってた感情の答えにその言葉を思い出しました。


逆に大人になってから気付いたものもあって、龍泉洞の周りとかにもすごいキレイな感じであったけど


20190620.jpg


『緑』

自然な沢とか獅子神サマいそうな森とか、あーゆーのがすごい好きなんだな~自分、って思いました。


実際龍泉洞の中にいる時より周りのマイナスイオン出てそうな緑うろついてる時の方楽しかったです。

写真も周りの風景の方多かったですし(笑)



子供の時行った事はあるけど大人になった今行くと感じるものは違うかな~と思って行ってみたけど、

『コウモリの発見に情熱を注ぐのは楽しいけど龍泉洞の水はムリ。コワイ。』 これが私の行ってみた感想でした(笑)



まぁー、久しぶりの遠出で息抜きになったのも事実ですし
また機会があったら気になるとこどっか行ってみたいと思ってます(-ω-)


それではまた
プロフィール

しりうす

name:しりうす

マンガとゲームとスノボが趣味。

【YouTube】https://www.youtube.com/user/yamamotodotto
【twitter】https://mobile.twitter.com/serious7sirius


好きな色は「ベージュ」
座右の銘は『退かぬ!媚びぬ!省みぬ!』

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